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父親を待っていることがある。

妻がいて、息子がいて、そして自分が座っている。たとえば皿がそろうのを待っている夕食のテーブル。たとえば外出しようと着せたコートの後ろ姿の息子が玄関に駆けていくとき。何かのタイミングを合わせるために待っているような瞬間、そんなときに、私は、父親を待っている自分に気づくのだ。

父親というのは私の父親、田舎に住んでいるあの人である。誰にでも必ず居る、もしくは居たであろう“父”というやつである。

母親が出てくることはない。もっぱら父親を待っている。当然だが、待っていても出てこない。でも、「ここにはいないんだ」と私は自分に言い聞かせないといけない。そんなときには。

そして、私が待っているその父親というのが、実は私の顔をしているということに気づいている。私は私を待っている。私の中に巣食っているのであろう父親の登場を待っている。待ち焦がれているのではなく、待ち受けている、身構えている。そんな四十代半ばの男が、ここにいる。

そんな私の顔をした父親の気配は、三歳の息子がいるときに限って感じられる。不思議なものだ。

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