« 2010年4月 | トップページ | 2010年6月 »

2010年5月

iPadの波にのる方法(仮説)

先週5月28日の iPadの国内販売開始で tweetしながら、あれこれ考えた。


iPhoneとiPadをつなげる。それが Appleのクラウド戦略のキモかな。ユーザにとって端末間でデータが断絶しない仕組み作り
( http://twitter.com/KTaro/status/14885619716 )


iPhoneとiPadは両方を所有しないと無意味なのかもしれない、と思われてきた
( http://twitter.com/KTaro/status/14886168250 )


AppleのiP*エコシステムは、CGMこそが「コメ」かもしれない。commerceだけ見ていると踏み外す、か B! http://sankei.jp.msn.com/science/science/100528/scn1005281420002-n1.htm
( http://twitter.com/KTaro/status/14886995201 )


「iPadを作るのではなく、読む(見る)ために利用するのだ。しかし、作ろうと思えば、作ることも出来る」――AppleのiP*エコシステムのふたつのレイヤー http://bit.ly/df6F2V
( http://twitter.com/KTaro/status/14891104920 )


iPhoneと iPadは、どちらか一つを持っていてもだめで、両方持つことで新しいエコシステムの流れに乗ることができる。これは消費者としてだけではなくて、生産者としても乗れるということ。iPhoneと iPadとは一種相補的なのだろう。そして、その媒介として想定されるのが Appleのクラウド戦略じゃないか、と。iTunes Storeが代表的なスキンとなる。

Apple_cloud

で、ここで“乗る”のはどんな領域かというと、これまでプロといわれる人や企業がマスメディアを使って流通させていたマス・プロダクツに対して、プロではない人たちがマスメディアではないチャンネルを使って流通させることができる領域だろう。取り敢えずこいつを「ミディアム・メディア」と呼んでみる( なんだか紛らわしいな )。

この「ミディアム・メディア」は、従来マスメディアが対象としてきた“ヘッド”ではなくて、ロングテール寄りの“マジック・ミドル”あたりに近い存在なんじゃないかな。

マジック・ミドル狙いの必須アイテムとしての iPhoneと iPadというエコシステムが出来上がったんだと思う。

Medium_media

中央から左下にかけて網掛けしている部分がそれに該当するかな。プロから伸びている左の矢印は、ごく限られた人のためのカスタマイズという市場だと思ってください。大部分のマス・プロダクツは右側の矢印に該当していた。


さて、この循環流に乗れれば、消費者でありながら自分も生産者としてコンテンツの流れに参加することができるのだろうけど、たぶん循環速度がきわめて高いので振り落とされる可能性も高そうだ。たとえば、iPhoneでクラウド側に記録しつつ、iPadで受信・消費しながら加工して再構成し、再びクラウド側に投げ返して iPhoneで受信しながら位置を移動しつつジオタグを更新して……なんて具合に。プロがこの流れに参加するときには、iPadの上位装置としてMacが出てくるんだろうな。

寝る暇ねぇな。寝ている間も呼吸とか心拍数とか寝言を発信し続ければいいのか。寝相の悪さを ustするとか。

まぁ、取り敢えずコンテンツの海が広がり、敷居が低くなったということで。

| | トラックバック (0)

綺麗な月だ

綺麗な月だ

twitterのTLで知って窓を開けたら、目の前で月が文字通り皓皓と輝いていた。

たしかに、こうやって見上げれば、みんな同じ月を見ているんだね。こんなところにも“つながっている感覚”があった。

| | トラックバック (0)

アイスプラントを食べてみた

アイスプラントを食べてみた
ん〜、いまいち。冷蔵庫のチルドでキンキンに冷やしたら美味しかったかも。常温だと見た目とのギャップで「……」。

確かに表面が凍っているように見えるのは面白い。アトラクション的野菜だな。

家人は「もうイイや。残りは捨てる」と一刀両断。

おいしい食べ方とかあるのかしらん。

| | トラックバック (0)

地下鉄を出たらサンバに跳び込んだ

地下鉄を出たらサンバに跳び込んだ
近所の商店街で月一でやっている夜市の日だった。今回はサンバチームがゲスト出演。仕事からの帰り、たまたまそこに出くわした。

地下鉄の階段を地上に向けてのぼっていく途中からドラムの音が聞こえていたが、裸のおねえさんたちを見るまで忘れていた。

サンバのリズムを生で感じるのは初めてだったが、胸、腹、背中、背中のリュックが一度に共振するくらいの迫力。びっくりした。

◇ ◇

写真の背景にある店は、かなり前に閉店した洋菓子店。今月は、その並びにある洋品店が五十有余年の歴史に幕を閉じるらしい。地元だったけど、いずれの店も私の日常からは遠かった。通勤定期で池袋にすぐに出られるし、UNIQLOやAmazonをはじめとしたネット通販があるから。あ、でも西村文具店は品揃えがいいので、ときどきいってます。

こういう環七そばの商店街でもシャッター化が進むのかなぁ。

| | トラックバック (0)

150メートルの高さは当たり前だった

150メートルの高さは当たり前だった

動物園にゆこうと出かけた息子が、池袋駅でいきなり「東京タワー、いく」。で、初体験となった。私は小学校以来だから似たようなもん。だが、仕事で訪問している周辺ビルの方が高いというのもあるのだろう。大展望台の150メートルの高さが、ごく普通に感じられてしまった。

下から見上げたときの量感のほうが好いかんじ。

写真は大展望台にて。

| | トラックバック (0)

iPadは電子回覧板になる、居間にやって来た第6の窓だ(構想メモ)

・1番目から5番目の窓とは、(1)縁側、(2)黒電話、(3)4マス(新聞、雑誌、ラジオ、テレビ)、(4)PC、(5)ケータイ

・技術的使いにくさを横軸に、リーチ可能な人口を縦軸にすると(1)~(5)で釣鐘型の線が描けるかも

・リーチ可能な人口が1~数十のパーソナル領域と、数万~数億のマス領域の間には、空隙があった

・その空隙こそが「ソーシャルメディア」

・ソーシャルメディアはソフトウェアによって発見された

・その領域にふさわしいハードウェアがやってきた。iPadなどタブレットスタイルの端末だ

・スマートフォンは基本的にパーソナル領域のデバイスなので、今後はその性格を強めていくだろう

・ということで、リーチ可能な人口が数百~数万のスケール感だと、地域内での住民を結びつけるプラットフォームが容易になりそうな気がする

・ネット(=クラウド)と人間との間にあったケータイというレイヤー(層)は少々高度が低すぎたが、そのやや上方にタブレット端末世界というレイヤーを想定してやると、ネットと人間とがより滑らかにつながりそうな気がする

・地域活性化に使えるんじゃね?

以上、いま考えていることをメモ。時間があったらきちんとした文章にしたい。

| | トラックバック (0)

« 2010年4月 | トップページ | 2010年6月 »