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2010年4月

都道府県ページにキーフレーズを収載

JapanLocalに「キーフレーズ」という小さなリンク集を載せた。Yahoo!デベロッパーネットワークキーフレーズ抽出APIを使って、フィードに載っているリンクひとつずつについて、リンク先のページの title、h1~h3タグの内容を調べて、特徴的なフレーズを抽出して集計した。

都道府県単位で数を数えて、出現回数が2回以上のワードについてまとめてみた。各都道府県別のページの右カラム下に表示している。フレーズの数や傾向を眺めると、都道府県ごとの特徴のようなものが見えるかもしれない。フレーズ抽出には、リンク先ページのデータを使っているので、フィードの見出しには出てこない言葉が表示されていたりする。

それぞれのウェブ担当者のクセが出ているかもしれない。

最初は形態素解析で、リンク先ページの全データを処理しようとしたのだが、ページ末尾に載っている決まり文句とか連絡先、問合せ先などでノイズがひどく多くなることがわかった。それに、形態素解析では助詞なんかの品詞で分解されてしまうので、細かくなりすぎてリスト化するとわかりにくい。

そこでキーフレーズ抽出を使うことにした。形態素解析にくらべると Yahoo!の APIのクセが強く出てしまっているが、それはそれで、ま、いいのかな、と思う。

◇ ◇

それから、都道府県別のページの右カラムに、livedoorの天気情報を表示している。

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一般紙の有料電子版は広告とゲームを促進する、かも

USA TodayのiPadアプリ、現在の無料が7月から有料に」(メディア・パブ)なんてのがあって、へぇ、なんだけど、果たして一般紙が有料電子版を展開してうまくいくのかどうか注目したい。

ウォールストリートジャーナル(WSJ)とか日本経済新聞のような、読者層を絞ったニッチな媒体だったら有料化の余地はあるだろうけど、他に同様の選択肢がある一般紙では難しいと思う。

価値というのは差異に生まれるもので、違いのわかるひとが違いの部分にお金を払ってくれる。差異がないのなら一番安いところに落ち着くわけだ。で、一般紙の中でも一番面白いです、楽しいです、なんてのを“ウリ”にして、そこを“差異”と定義して課金するなんてスタンスがあるわけだけど、ここにはちょっとした落とし穴がある。

新聞だけ見ているとヤバイ。

何年か前だけど、Gmail の画面で、たとえば受信トレイに新着メールが何もないとき、「暇つぶしにニュースでもいかがですか」というような表示が出ていた。いまは「よろしければ最新のニュースが満載の Google ニュースはいかがですか。」となっているが。

仕事や人生が大いなる暇つぶしであるかもしれないが、WSJや日経を読む人は、紙面に金儲けに関係した情報を求めている。いっぽう、全国紙とか一般紙と呼ばれるものに読者が何を求めているのかというと、実のところ「暇つぶし」が最大の目的なんじゃないだろうか。

小学校や中学校の頃、うちで新聞を読んでいると、よく父親に叱られたものだ( このときは朝日新聞 )。「新聞なんて読まなくても生きていける」。まぁ、朝食のテーブルで新聞を読んでいた父親にしてみれば、子どもが生意気なことしやがって、という感情的なものだったんだろうと今では思う。しかし実のところ、本質をついていた。

新聞なんて読まなくても生きていけます。

少なくとも、個人でカネを払って、時間を費やして( マジに読むと30分は必要 )、それに見合っただけのペイがあるかと問われれば、「ない」というのが正直なところ。他の人との会話のプラットフォームとしての話題提供機能を期待したところで、無料のテレビやネットには負けてしまう。何よりも、必要なニュースや情報には、どうして居ようと行き当たってしまう。ニュースのほうがこちらを見つけてやってくる。

簡単に云ってしまうと、一般紙の最大の機能は“暇つぶし”なんじゃないの? ということ。“暇つぶし”が悪いといっているんじゃない。こういうことを書くとすぐに「暇つぶしとはなんだ、暇つぶしとはっ!」と怒る人がいるんだけど、そんなことはどうでもいい。“暇つぶし”という軸が立ってしまうのだとすると、競合は新聞だけじゃないんだよ、ということが重要なのだ。

これまで暇つぶしで読んでいた一般紙のデジタル版が、ある日有料版になる。すると、若干は有料版を購読するだろうけど、かなり多くの人が“無料の暇つぶしのための△△△”に移動してしまうんじゃないか、ということ。で、その“無料の暇つぶしのための△△△”の運営者の人たちは、アイテム課金だとか広告だとかの“無料の暇つぶしのための△△△”の周縁領域でマネタイズのエンジンを回し始める。となると、“無料の暇つぶしのための△△△”の辺りが賑やかになって広告主の皆さんもやってくる――ということで、一般紙が有料化したらゲーム屋さんや広告業界が潤うというわけ。

ゲームと広告。

なんか思い出さない? iAd とかなんとか……

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自然災害がテレワークを促進する、かも

アイスランドの噴火で欧州の空から飛行機がいなくなってしまったらしい。ということで、移動に難儀しているひとが続出。気の毒なことだけど、どうしようもない。移動が必要な人は陸路と水路に頼るようになっている。あと数日は混乱が続くと当局筋は話している。

物流は困るだろうけど、人の移動、特に仕事での移動は「これを機会にネットを活用しようよ」みたいな動きがあるんだろうか。それとも欧州人はそんな必要はないくらいに洗練されたワーク・ライフ・バランスを実現しているのだろうか。

日本の場合、たとえば富士山が噴火しました、北西の季節風が吹いているので相模湾から房総半島方面は火山灰で飛行困難です、大阪・九州方面の人は諦めてください――とかなったとき、やはり新幹線を中心とした陸路に頼ることになるのだろうか。それとも、「もう出てこないでいいからさ、ネットでつないでよ」となるのだろうか。

火山の噴火とかの大規模な自然災害じゃなくても、台風並みの低気圧が近づいて大変な風雨です、警報出てます、小学校は早退にしちゃおかな――みたいな状況になったときを想像してみると、やっぱりみんなムリしてでも会社に出てくるんだろうなぁ、と思われてくる。

雨と風でぐちゃぐちゃボロボロになり、駅で遅延証明書をもらって会社に到着して、でもって途中の武勇談なんてのを披露しているオトーサン、とかいそうだけど( いるのか?)、そんなことするよりもスパッと出社なんて諦めて、自宅からサクッとネットでつないで仕事をする――なんてのが、自分としては理想なんだけど。

しかし、私の職場の場合、就業規則では取り敢えずは職場に出てきて席に座っていないといけない、となっている。まるで工場の組み立てラインで働くような状況が前提条件になっているんじゃないかと思われるような内容だ( 「いるんじゃないか」じゃなくて「いる」かも )。会社に出てくればとりあえず仕事できる、という前提条件自体、この頃は通用しなくなってきていると思うのだが。

職場を離れたら仕事のことは忘れて……なんて呑気な仕事じゃなくて、四六時中、日常の暮らしと仕事とが緩やかにつながっている状態が、全体的に増えているんじゃないだろうか。自分では仕事のことを忘れているつもりでも、何かの折に「あ、これ使えるじゃん」と思ったりしないんだろうか( 私の場合、風呂あがりの瞬間に多い )。

だとすると、いつでも仕事に接続可能な状態が望ましいような気がしてくる。とすると、電車で移動している時間、乗換えで駅を歩いている時間なんてのは、ほんとにムダ以外の何ものでもない。毎日の通勤経路や通勤時間帯を自由に変えられるというのなら少しは意味のある時間になるかもしれないが。

日本の場合、たとえば私の住んでいる東京などは毎年決まって台風がやってくるわけだから、そんな折を利用して「テレワーク実験」なんてのを推進すればいいんだ。台風の通過を活用して、在宅勤務、クラウド利用の仕事なんてのが、どれくらい効果のあるものなのか、それとも全然ダメダメなのか、その辺を試してみればいい。

【追記】(2010-4-19)こんな記事があった
「CNN.co.jp:ノルウェー首相、ニューヨークで足止め食らうもiPadで対応」
http://cnn.co.jp/fringe/AIC201004170007.html

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「リアルタイム」の反対語は何だろうか?

「バッチ」(batch)じゃなくて。取り敢えず Frozen Time( フローズン・タイム )としてみたが、映画のタイトルみたいだ。

こんな図を作って眺めていた。

Time_x_place


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Googleカレンダーの日付移動ボタンが「跳转到日期」

たぶん中国語で「日付を移動」の意味。面白い。記念キャプチャ。ところで、「予定の詳細」画面でキーボードショートカットが使えたらいいのに。機能的にはなかなかのもんだけど、私的には、まだまだこなれていない感じがする。Yahooカレンダーのお堅いスタイルのほうが好きだ。

20100416fr_120344

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仕事あるかな? と旅先で思う

外国に限らないのだが、旅で普段と違う場所を移動するとき、徒歩、バス、電車、飛行機でもいいんだけど、そんなときに「ああ、ここに住めるかな。仕事、あるかな」と考えてしまうのだ。言葉や習俗を良く知らないのに、そんな勝手なことを考えて、マジな顔で家人に話したりするから「ど~ぞ、ひとりでやってください」と笑われてしまう。

たとえば宿も決めずにウェールズを一週間ほどほっつき歩いたとき、クリックハウエルなんて「ド」のつく田舎( 当時はそうだったんだと思う )の街(=村!)を川に向かって坂下っているときとか、そのあとのパブリック・フット・パスを歩いているときとか、スズキのバイク販売店がどうしたわけかよく目につく田舎道を走るバスで人なつこい感じの老婦人のふたり組みと何だか気持ちが通じ合えたような気がしたときとか( 気のせいかもしれない )、そんな瞬間に、「仕事あるかな」と考えてしまう。

「あの、ベア・ホテルだけどさ、フロントのPC、WindosNTだったじゃん? 青画面が出まくって困るって、あのバアチャン、たぶんあれ、女主人だと思うけど、云ってたじゃん。ああいうの、宿泊管理システムとか作り直してあげたらサ、感謝されるかな……」「なにバカいってんの」 

たとえば、トランジットのシャルル・ド・ゴール空港でエスタ・テのオレンジジュースを飲んでいるとき、まだ明るい外の道を白いフランス車がカーブを切っていったりするのを眺めながら、「仕事、あるかな」と考えてしまう。映画『パリ空港の人々』みたく、勝手に住みついたら、やっぱヤバイよな、とか考えている。

昔は“ホームページ”なんてもんが普及していなくて、ウェールズの情報をネットで集めようとしても断片的にしか手に入らないし、Googleなんて生まれたばかりで、いまのように自宅にいながらにして外国を疑似体験できるなんて便利な環境もなかった。でも、実際に外国の街角に立ってみると、ああ、ここで生きていけるかも、と思えたのだ。たぶん、現在はそんな感覚への敷居がもっともっと低くなっているんだろう。

どこででも食っていけるかも。

若い人は、少しでも「あ、オレ、外国でやってけるかも」と思ったら、さっさと試してみるのがいい。うまくいかなかったら、さっさと帰ってくればいいんだし。結婚したり子どもができたりするとアレコレ面倒になっちゃうから。まぁ、いっそのこと家族連れで外国で暮らしてもいいか、と思うんだけど。いまの日本を見てると、そんな気分になる。

◇ ◇

ああ、でも失敗して帰ってきても、日本に居場所がなくなっちゃってるんだろうなぁ。だから、最初から保守的にならざるを得ないのかなぁ。その辺にもセーフティ・ネットが欲しいよなぁ。思い切り飛べないじゃん。こんなんじゃ、若い人の脚力が、食ってくための足腰が、どんどんひ弱になっちゃうんじゃないだろうか。

国がやらないなら、自治体がやってみればいいんだよ。友好姉妹都市提携なんて大義名分を、こういうときに活用してもいいんじゃないかな。留学や観光だけじゃなくてサ。「失敗してもイイから、どーんと胸借りてこいよぉー!」って、若い人を外国に送り出すようなプログラム、どこかでやっているんだろうか。

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JapanLocal のトップに「はてブ」をつけてみた

JapanLocal.infoのトップページに、自分のはてなブックマークから「ローカル」タグで最新10本を表示するようにしてみた。このデータもフィードを使って取得している。

こうやって付けてみると、もっと「ローカル」ネタを内外から集めてみよう、という気になる。twitterに、減量だとかトレーニングだとかの記録を tweetすると、ちょっとしたモチベーションとなって長続きの原動力になることがあるみたいだけど、それに似ているかもしれない。

まじめに「はてブ」しよう、なんて殊勝なことを考えたりする。つけるコメントも気をつけないとなぁ。前向きに考えないとなぁ。40過ぎのオッサンが云うのもなんだけど、見られることでキレイになるってやつかな、と。実際に見られるかどうかじゃなくて、「見られるかもしれない」という、実際のところは全面的に自己都合なんだけど。

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「あと100ワットで落ちます。やばいです」と喋るブレーカーが欲しい

ようやく気温が上がって春の実感を得られるくらいに暖かい日が登場したりするようになった。今年の東京の桜は開花期の雨風で、さっさと散ってしまうんじゃないかと思ったが、低い気温のおかげで長持ちしたのかもしれない、と家人と話していた。

子どものことを考えて、石油ファンヒータの使用をやめ、デロンギのオイルヒーターを買ったのが1年と4か月前のクリスマスの翌日。それ以来、快適に使っている。が、少々問題も抱えるようになった。オイルヒーターが直接の原因ではない。悪いのは使っている本人たちだ。

この冬は実によく、電気のブレーカーを落とした。電気の使いすぎである。

夫婦ふたりと2歳の息子の3人家族で、月の電気代が3万円というのは使いすぎ。しかし、寒がりの家人は「そんなもんでしょ」と涼しい顔をしている。

だいたいは夜、風呂に入るときにブレーカーを落としてしまう。まずダイニングでデロンギが1.5KWh(キロワット時)を食っている。同時にリビングで床暖が1キロ、風呂場の入口にある洗面所(=脱衣所)でセラミックヒーターが1キロで、ここまでの合計が3.5キロワット時。ちなみに、うちのブレーカーは40アンペアで、適当に電源を分散させて目いっぱいまで使ったとしても4キロワットまでしか使えない計算になる( 乱暴な書き方だけど、電力=電圧×電流 )。

あと500ワットでアウトの状態なわけだが、これに加えて照明、パソコン、食器乾燥機なんてのがついていているから、ほとんど沈没寸前。口のところまで水が上がってきている状態だ。気づいていないのは本人たちだけである。

で、ここで一発、「夫と息子が風呂に入っているあいだに、お茶でもいれよう」なんて具合に家人が湯沸かしポット(ティファールのアプレシア 1.25KWh)のスイッチを入れたりする。バシャンっとブレーカーが落ちて真っ暗闇。UPSがピーピー鳴り始め、おびえた息子が湯船で泣きだす、といった次第。

そこで提案なんだけど( て、もう実現しているのかな?)、家庭用のブレーカーが「あと500ワットです」とかしゃべって注意を喚起する機能なんてできないもんだろうか。スマートグリッドもいいけど、こういうちょっとした小細工夫があってもいいような気がする。電池で10年間駆動の家庭用火災警報器だってしゃべる時代なんだから、さ。


【参考】
そういえばシロクマ日報の小林啓倫さんが電力ネタを書いていたよなぁ、と検索したら、こういうのがありました。

電力消費量を Twitter で教えてくれるスマートメーター
http://akihitok.typepad.jp/blog/2009/07/twitter-cc88.html

POLAR BEAR BLOG: Green Tech
http://akihitok.typepad.jp/blog/green_tech/

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「今後のこと」とか「将来」なんて考えたくない

新年度が始まって十日。会社の目標、事業所の目標、部門の目標、もしかしたら自分で決めた目標なんてものがあるかもしれない。いずれも、まだまだ今年度の最終日なんてずっと先のことだから、あれしよう、これしようと気楽に眺めることができるだろう。いまから切羽詰まって年度末を考えているとしたら少々あぶない。いろんな意味であぶない。

目標とか課題とか会社のビジョンだとか、そんなものたちを気楽に見られる4月というこの時期なわけだが、「今後のこと」とか「将来」となると何だか鬱然としてウンザリしてしまう。これは私だけなのかな。

期限が近い、つまり日数からするとゆとりのない年度目標よりも、期限が数年単位で遠い時間的ゆとりのある「今後のこと」とか「将来」のほうが憂鬱になることについて考えてみた。

子どものころは「将来は○○になる」のような希望とか夢とかを無邪気に語ることができたと思う。それがいつの間にか「将来」というコトバに翳りが出てくるのは、「受験」というコトバが人生にすり寄ってきたころかもしれない。たぶん十歳ころ。

それからの30年間は、「今後のことで話し合いたい」とか「きみの将来についてだが」というコトバがいつでもつきまとっていて、正直、「今後のこと」「将来」は眉間にシワを立てた人が、こわばった笑いを頬に貼り付けて鬱陶しくにじり寄ってくるものになってしまっていたのに気づいたのは、最近のこと。(結構にぶい?)

「今後のこと」とか「きみの将来」には、実は「わたしにとっての」という接頭語が隠されているらしい。

大抵は、こういうことを云うのは親や先生や上司といった「上」の人たちで、親身にこちらのことを心配してくれている場合もあるかもしれないが、概ねはその人たち自身にとっての「今後のこと」とか「将来」のための“投資としての心配”だったりするわけだ。たまには一回り以上若い人から「将来のこと、考えたがいいっスよ、ほんと」なんて云われたりするけど。

四十を過ぎて「今後のこと」とか「将来」なんていう時間的ゆとりがなくなったから、誰も投資対象として見てくれなくなったらしい。最近は云われなくなった。云われなくなったから、状況をちょっと突き放して見ることができるようになって、こんなメカニズムに気づいたのかもしれない。

所詮、自分も含めて人間は自分自身が一番かわいいし、自分という意識や肉体があるから、どうしても思考の原点が自分になってしまう。だから他人の未来も、自分自身を助けるための投資対象となる。おそらくは生物的な生存本能、そのための生存戦略あたりに理由があるんだろう。

綺麗事は云ってられない。たぶんどうしようもないことなんだと思う。ただ、この辺の仕組みや構造を意識しているかしていないかによって、四十過ぎたときの幸せ感とかが大きく違ってくるんだろう。

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さくらインターネットで xoops を UTF-8 でインストールする

※【注意】追記あり

もともとは EUCで動く xoops (ズープス)なんだが、自分が使っている さくらインターネットの PHP環境は UTF-8にしているので、当然ながら文字化けする。ということで、インストールする xoopsを UTF-8にしてみた。

参考にしたのは次のページ

「XOOPSのutf-8化」( Webウェブデザインレッスン )
http://w-d-l.net/memo__xoops_utf8/

UTF-8にするのは次のディレクトリのファイル

language/japanese/
install/language/japanese/
modules/ディレクトリ内のサブディレクトリ全てのlanguage/japanese/

unzipして得られる xoops4u_20061107とかいうディレクトリ中にある html/ をカレントディレクトリとする。で、上記ページには nkfのスクリプトもあった。ありがたい。引用すると次のとおり。1行目は書き換えた。

| #!/usr/local/bin/bash
|
| if [ $# = 0 ]
| then
| echo "usage: utf8 filename"
| exit 1
| fi
|
| for file in "$@"
| do
| if [ -f $file ]
| then
| mv $file ${file}.bak
| nkf -wLU ${file}.bak > $file
| rm ${file}.bak
| else
| echo "$file: No such file"
| fi
| done

↑これを先の htmlディレクトリ中に保存し、sshでカレントディレクトリを同じくして次のコマンドを叩くと、一気に該当ディレクトリ内のファイルをUTF-8化できる。スクリプトを uka.sh というファイル名で保存した。0755にしてね。

find ./language/japanese/ -type f -exec ./uka.sh {} \;
find ./install/language/japanese/ -type f -exec ./uka.sh {} \;
find ./modules/*/language/japanese// -type f -exec ./uka.sh {} \;

コピペでもなんでもいいから、コマンドラインに放り込んでやれば、UTF-8化の uka.sh スクリプトが走ってくれるという次第。

あとは、「Webウェブデザインレッスン」さんの通りにいくつかのファイルで文字コード指定周りを書き替えてやればいい。で、おもむろに html/index.php すると UTF-8 の日本語表示でインストールができる。

以上メモ。

※【追記】
インストールを終えていろいろ管理画面を触っていたら、「ブロック管理」のデータが全部ぶっ飛んでいた。なので、上記方法はあくまでも参考に。DBにテーブル登録されるときに何かが足りないのだろう。(20100413Tu_1658)

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ガントチャートで心を充電する

新年度ネタがつづく。

仕事、それも机に向かう仕事にとって、核になるのはいったい何だろうと考えた時、何と答えるだろうか? 心の拠り所、常に帰る場所、仕事のベースキャンプは何だろうか?

私の場合は、スケジュールとチェックリストだ。

何か嫌なことがあったり、少々疲れていたり、単に冷たい雨が降り続いたりして意気消沈しているとき、スケジュールを開くことにしている。1年前の自分はどうだったか、1年後の自分はどうありたいか。20年前の自分は何をしていたか、20年後の自分はどうしているか。現在を中心に、そんな意識の往復運動をしているうちに、いつの間にか気分が少しだけチャージされたような気がして、取り敢えずエンジンが完全に止まって冷えてしまうのを防ぐことができる。この方法は、もしかしたらあなたにも効くかもしれない。

私が使っているのは20年来のバイブルサイズの6穴システム手帳で、リフィルは Bindexの 053と 017、そして201。いや、何を使っているかなんてどうでもいいのだ。それが iPhoneだろうと ケータイだろうと、はたまたコンビニで買ったA6ノートであっても。

ちなみに 053は月間、017はバーチカルの週間、そして 201は十年単位用として使っている。

時間の流れの中に自分を客体視できればいいのだ。(概ね)左から右に流れる時間軸の上に、自分を赤い点としてプロットできればいい。そして、その点を右に動かしたり左に動かしたりしてみる。縮尺も日・週・月・年・10年という具合にいろいろ変えてみる。「今後のこと」とか「きみの将来」なんてどうでもいい。時間軸の上の赤い点は何を感じているだろうか、と想像するだけでいいと思う。

で、スケジュールで気持ちを整えたら、おもむろにやりたいことを書き出していく。これがチェックリスト。具体的な日時を特定できるものは、スケジュールに書きこんでいく。些細な事ならケータイのカレンダーにでも放り込んでおいてアラームを設定しておけばよろしい。

時々チェックリストを眺めながら、「これはいつやる?」と自問する。日時を特定できるならスケジュールに。これをやらないと、いつまでたっても着手しない。もちろん、スケジュールとチェックリストは、仕事や生活の進行管理表でもある。記録は赤のボールペンで書きこんでいく。( 赤でも青でも紫でもかまわないが、ゲルインクがオススメ )

この三つの役割、スケジュール、チェックリスト、進行管理表をいっぺんに実現できるものがある。ご存知「ガントチャート」だ。

縦軸にやること(チェックリスト)、横軸に時間軸(スケジュール)を置いて、両方のぶつかるところに印をつけていく。大抵は横長の帯として描かれる。見本はここで見られる。縦軸には本来、人や設備といったリソースを配置し、タスク(やること)は帯として描く。


(Wikipediaより)

進行管理は、リアルタイムにプロットを動かしていってもいいし、チェックリストの一項目として追記していってもいい。

このガントチャートには仕事だけでなく、趣味、買物、配偶者や子どもの予定などもすべて盛り込んでいく。これだけで、自分の人生が見通し良くなったように感じられる。一般に、プロジェクトマネジメントでは作業管理、進行管理としての役割が大きいようだが、こいつを一個人のライフハックに応用してもバチはあたらない。個人で使うときには、作業管理よりは、自分の未来を好きに描けるツールとしての意味合いが強く感じられるだろう。

私がおすすめするのは「がんすけ2」(シェアウェア)。フリー版の「がんすけ」を使ってみて、自分に合うようなら有料版に乗り換えればいい。有料版も30日間は無料で試用できる。1ライセンス2100円。

がんすけHOMEPAGE
http://www.gansuke.com/

残念ながら、どこにでも持ち歩いてすぐに使えるわけではない。パソコンが必要なので、寝転がってスケジュールをいじる、なんてことができない。だから、しばらくの間はシステム手帳が手放せないのだろう。だがもし iPadで使える「がんすけ」が出たとしたら、どうなるかは分からない。

※ iPadで使えそうなものとしては「Gantt Chart」や「Tom's Planner」などがあるみたいだが、項目の入れ子管理はできるのだろうか。この点が結構重要だったりする。

※ iPhoneでガントチャートは触りたくない。画面が小さすぎる。

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時間節約にスティック型掃除機

新年度ネタが続きます。

新年度、新生活の時期になると、家電量販店とか百貨店では「新生活スタートアップ」などと銘打って専用コーナーなどを作って、テレビ、冷蔵庫、洗濯機、ソファ、ベッド、食器、……なんてのをまとめ買いさせようとする。(いまでもそうなの? このところ街に出ていないのでわからん)

無理やりまとめ買いする必要はないけど、新しい習慣を始めるのに何かを買うのにはちょうどいい機会だと思う。

で、たとえば毎朝、掃除機をかける、なんてのもいい。

うちの場合、毎日掃除をするようになったのは子どもが生まれたからだ。それまでは夫婦共働きで忙しいので、掃除や洗濯は週末などの休日にまとめてやるというスタイルだった。でも、子どもが生まれると、そんなことは云ってられない。衛生面からしても毎日掃除、毎日洗濯、が基本形となる。

洗濯は、洗濯機に放り込んでスイッチと洗剤を投入してやれば、あとは洗濯機がやってくれるからいい。でも、掃除の場合、ルンバのようなお掃除ロボでもない限り、人手が必要だ。子どもがいると、部屋の中の物品が増えてロボットに任せられない床面状態となる。そこで人間が掃除することになる。

しかし毎日掃除をするにはどうすればいいのか。毎日、本体を出してホースをつなげて……なんて組み立てたり分解したりなんて面倒で、きっと掃除なんてしなくなる。ていうか、1年前まではそれを毎日繰り返していて、かなりウンザリしていた。あ~やだ、面倒。

そこで目をつけたのがスティック型クリーナーだった。これなら組み立て・分解なんて面倒はいらないし、自立するので部屋や納戸の隅っこにちょっとだけスペースを作るだけで収納の心配もいらなくなる。我が家ではツインバードの「パワージェットサイクロン」を購入した。

購入にあたってのポイントは“吸い込みの良さ”にした。

夜の掃除は近所迷惑な騒音源となるし(集合住宅なのだ)、帰宅してやらねばならないことは子どもの服を中心とした洗濯。なので掃除は朝おこなうことにする。ただでさえ時間のない出勤前には、手早くパパッとできることが毎日続けるための要件となる。作業時間を短くすること、そのためには吸引力が強いことが重要になる。

ということで、充電式の掃除機はダメ。電源コードを引きずってもかまわないから、仕事が早い充電式じゃないタイプを選んだ。

ただし吸引が強いということは排気もすごい、ということ。使ってみると「パワージェットサイクロン」はグングン塵埃を吸い込んでくれるのだが、同時に排気が床の埃を巻き上げるという、なんだかよくわからない状況に。

で、考えた。排気は本体から横向きに吹き出すようになっている。これが部屋の壁とか家具とかにぶち当たって渦を巻き、床に吹きつけて埃を舞い上げている。とすれば、排気が上向きに出るようにすればいいじゃん?

自家製排気フィン
ということで、書類フォルダひとつを犠牲にして、手作りの排気フィンをつけてみた。書類フォルダをカッターナイフで適当な大きさに切り、荷造り用透明テープで固定。所要時間2分。これで、掃除機本体からの排気は全て上に向かう。

つまりは、スティック掃除機を持っている自分の手に向かって吹きつけるわけで、つまりは顔面を排気が直撃する可能性が高いわけなんだけど、床の埃を巻き上げることはなくなった。あとは作業者(=私)が耐えられるかどうかだけの問題なんだけど、お客さまをもてなすわけでもないし、ま、いっか。

本来ならメーカーが設計・製造段階でなんとかしてくれるといいんだけど。オプション品とかどうかな。

ということで、購入から1年、毎朝の掃除は快適に続いている。ただし、スティック掃除機だけでは細かいところの掃除が難しいので、週末にはホース式で部屋の隅とか家具の上とかを掃除している。「だったら2台いるじゃん」と思うだろうけど、一人暮らしの広くない部屋だったら、窓を開けてハタキをかけるだけでいいかもしれない。それになんといっても、スティック掃除機の最大の存在意義は「時間を節約できる」ということだと思う。5千円しない時間節約ハックかもしれない。効果は折り紙つき(あんま説得力ないか)。

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湘南beachFMな理由

湘南beachFM を聴きながら考えたこと。

子どもの頃は神奈川に住み横浜の学校に通っていたので湘南には愛着がある。春休みや夏休みには自転車で馬入川から江ノ島まで走ったりしていた。現在、自宅で過ごす時には、だいたいいつも湘南ビーチエフエムをパソコンで流している。住んでいるのは東京だが、約50キロ離れた出力20ワットの「逗子・葉山コミュニティ放送」(湘南beachFM)が聴けるなんて、ほんとに便利な世の中になったもんだ。

湘南beachFMは、もともとはコミュニティFM、つまりローカル中のローカル局なわけで、大雨だとか台風接近とかでは、放送がいきなり中断されて「防災葉山」なんて防災無線(?)が割り込んだりする。流されるCMは地元の企業や商店が中心。

「逗子葉山」というローカル色満点のラジオ局なわけだが、「湘南イメージ」というやつも手伝って地域外からのインターネット放送による聴取者が結構いるんじゃないだろうか。インターネットでのユーザ数のほうが逗子・葉山の人口より多かったりして。

だからといって、湘南beachFMが全国向け放送とか、ナショナルブランドのCMばかり流すようになったら、きっと私は聴かなくなる。それって、いわゆる「民放」と同じじゃん。つまらん。

そこでハタと気がついた。湘南地域限定のローカルFM局というコンテンツの縛り、加えて、音声というラジオ・メディアの物理的条件、これらの条件が“湘南beachFMブランド”を生み出しているんじゃないだろうか。そしてそこに共感・共振するコアなユーザを集めているんじゃないだろうか、って。

そこには一種のニッチがある。

果たしてパイが小さくなったニッチで食っていけるのかどうか。食っていくための合理化とか自動化というものが必須になるし、食っていける組織のスケールを冷徹にはじき出して自ら納得する、なんて痛みを、たぶん避けられないのだろう。

ネットと端末の進化と普及で、情報流通の途中にあった垣根がどんどん低くなる。時間と距離の差がなくなり、知識や情報はどんどん共有し共用できる。何でもかんでもOK、あれもこれもできます、というわけだが、実はそれと同時に“差異”もどんどん小さくなり、差別化から均質化へ世界が変化しつつあるということでもある。差異は価値の源泉で、「ちがい」があるからこそ、そこに「価値」を見いだせる。

ネットのおかげで情報環境の差異が無視できるくらいに小さくなった時、「価値」の源泉である「ちがい」は、おそらく物理的な制約条件が生み出すものだけになるのだろう。であるとすると、今後の「価値」はどこに見つけたらいいかと考えると、「地域のちがい」になるのかな、と。

ここだけは人を介さないことにはどうしようもない。足で移動して手を伸ばして触れないといけない。「つまりはユーザエクスペリエンスであり、シナリオなのだ」とも云えるだろうが、即物的な私としてはそんな抽象的なことは置いておいて、「地域」に注目したいと思うのだ。ということでJapanLocal.infoなんてものを作ってみた。

こうしてみると、自分の所属している新聞業界は「斜陽産業」なんて云われているが、全国紙よりも地方紙のほうに生き残りの可能性があるんじゃないだろうか、と思われてくる。ただ、「紙だから生き残れる」と思っているんだとしたら大間違いだろう。これまでの「紙という物理的制約」の延長線上には活路がない。差異を生み出せる新しい制約をデザインしないといけない。

すべてが自由になると、自由の価値が薄れてしまう。
すると、制約は差異を生み、差異は価値となる

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「○○○について」という見出しでは、人は動かない

JapanLocal.info を作って都道府県が発信する新着情報を眺めて気づいたのだが、それぞれの新着情報の見出しに「○○○について」のような表現が頻繁に登場している。

たとえば、いまこれを書いているときに一覧に出ている「ICT利活用講演会・交流会(美馬市)の開催について」(徳島県)だとか、「脳脊髄液減少症について」(島根県)のようなやつだ。

似たようなケースで、きょう見つけたのでアララ~と思ったのは「貝毒情報 | 愛知県」というやつ。見出しを見ただけでは愛知県で貝毒が発生して、もしかしたら大変なことになりつつあるんじゃないか、すわっ、なんて思ってしまうわけだが、何のことはない。クリックして開いてみると「愛知県海域においては、貝毒は発生していません。」とページ頭にあり、文章末には「だから、愛知県産のアサリは安全です。」と書いてある。

ページビューを稼ぐための“つりネタ”っぽい見出しなわけだが、こんなのは「貝毒は発生していません。愛知県産のアサリは安全です」を見出しにするべきなんじゃないかと思われるわけだ。見出しを見ただけで結論がわかる。イチイチ開かないと内容がわからないというのは困ったメールに似ていると思った。

で、読みたくなる見出しとか、地元をアピールしている見出しとしては、やはりいまこれを書いている時点で表示されている「草津線利用促進キャンペーンの実施について 草津線に乗って伊賀上野までMIOびわこ草津の応援に行こう!」なんてやつ。これは、関係するひとには「おおっ、行かねば」と思わせるのに十分な情報を伝えてくれる。

あんまり長い見出しなんてのは見苦しいわけだが、40文字くらいに具体的な要件をまとめてくれると、見た人間にとって親切だと思うのだ。ちなみに「草津線……」は約50文字。「~」のあたりがフィードでは文字化けしているが、十分に意味が通じる。

見出しの付け方は新聞社のウェブサイトが参考になるかもしれない。記事DBでの見出し付けで20年以上の歴史がある。当時は技術的な制限とかなんとかあって、記事データベースの見出し文は全角40文字にまとめるようにしていた。新聞紙面の見出しを並べただけでは、検索結果の一覧に表示されたときに記事の意味がわからないから、データベース用にオペレータが工夫して見出し文を作っていた。いまでも基本は同じはずだ。

この先、“新聞紙”はダメかもしれないけど、そういった“新聞社”のノウハウなんてのは、これから地方行政なんかで十分に応用できるんじゃないかな。

人の行動に変化を与えてこそ“情報”だと思うのだが、情報化というのはITだとかネットだけの話じゃなくて、こういうウェットな部分での創意工夫とか努力とかが必要なんだろうなぁ、と、これは自戒を込めて。

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年金以外でも若い人は年寄りを助けてくれている。感謝

JapanLocal.info というサイトを作ってみた。全国の都道府県庁の公式サイトを眺めて、新着情報を網羅的に取得するのを目指している。地方行政なんて一種地味な情報だが、束ねたらどんな景色が見えるだろうか、と思った。自分としては硬派なネタサイトになればいいなと考えている。

で、フィードの取得やDBとの接続にCPANモジュールを使って楽をしている。昔だったらイチから自分で作っていたところだけど、数年前に親会社の若いのが「こんな便利なのがありますよ」と教えてくれた。長いこと食わず嫌いをしていたんだが、最近、仕事で暗号化の案件があったので、それをきっかけに触ってみるようになった。

便利な世の中になったもんだねぇ~、というのが正直な感想。ちょっと悔しいけど。

Twitterに更新情報を流せるかな、と探すと。Net::Twitterなんてのがあることがわかったので、早速インストール。しかしうまくいかない。どうやらMooseの辺りで失敗しているらしい。じゃあ、ということで、MooseのいらないNet::Twitter::Liteを使ってやれ、というので試してみたら、Module::Buildでこけている。あ~あ。

仕方がないので、local::libから環境をつくり直すことにした。参考にしたのは次のページ。

※ local::libを使った非rootでのCPAN環境構築 - hide-k.net#blog
http://blog.hide-k.net/archives/2009/02/locallibrootcpa.php

若い人がこうやっていろいろ頑張ってくれるから、私のようなロートルでも何とかついていける。ありがたいことだ。

おかげさまで、何とか使えるようになった。けれども、Rijndaelの時の環境とは別ディレクトリのライブラリ構成になったので、PERL5LIB 辺りが汚くなってしまった( ような気がする )。ま、いっか。動くから。

今回、tweet先にしたアカウントは @japanlocal

フィードを吐いていない都道府県庁は対象にしていないけれども、別途、クローラを回して更新情報を収集しようかと思っている。でも、あれだね。夜遅くに自治体のフィードが更新されているのをみると、ああ、お役所の皆さん、残業しているんだねと思ってしまう。まぁ、理由はあれこれあるだろうけど、ちょっと複雑な気持ちになる。

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バッテリを満タンにしないローテクな充電方法

先日、ライフハッカーでノートPCのバッテリ管理に良いツールの紹介記事があった。

※「ネットブック:バッテリー管理はコレ : ライフハッカー[日本版]」
http://www.lifehacker.jp/2010/03/100329battery.html

ここで紹介されていた「BatteryBar」は便利。タスクトレイの横にバッテリ残量が表示されるので、いちいちバッテリメータを開く手間がない。これはおすすめ。

もうひとつ、バッテリの充電のリミッターとして働いてくれる「Smart Battery Driver」というやつ。これはインテルが配布しているんだけど、「最初から入れとけよ、ゴラァ」的ツール。50%、75%、100%の3つからリミットを選んでやると、その値に達したところでバッテリへの充電がストップされるので、100%近傍でトリクルチャージされて、バッテリがさっさとヘタってしまうのを防げるらしい。

で、この「Smart Battery Driver」なんだが、インストールするとコンパネに登場する。つまり、CPUが回っているときだけ機能するわけで、PCが休止状態(ハイバーネーション)とかシャットダウンされていると、当然ながら機能してくれない。ACアダプタをさしておくと100%まで充電されてしまう。

うん。どうも、夜寝るときにACアダプタをつないで充電して、翌朝は仕事に持ち出しバッテリで使う――という私の使い方にはそぐわないらしい。残念。

タイムスイッチ
で、どうするかというと、ACアダプタからの充電には昔ながらのタイムスイッチを使うのだ。

私は DELLマシンに、ロアジャパン製の9セルバッテリをつけて使っている。これには残量インジケータがあって、5個の LEDで現在のバッテリのおおよその状態がわかるようになっている。いまどきのノートPCはどれも同じなんじゃないかな? インジケータ横のボタンを押してやると、一定時間だけ LEDが点る。大雑把だけど、LED1個で残量20%に相当する。

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で、最初の一回だけ、LED一個分を充電するのに何分かかるのかを調べておく。ぼんやりテレビを見たり雑誌を眺めているときに、ケータイのアラームを30分おきに鳴らして、ちょいちょいと見てやれば済む。たいした手間ではない。このちょっとした手間をかけてやることで、今後のバッテリの寿命が延びるんだとしたら、安いもんだ。

ちなみに、私のマシンでは LED一個におよそ30分かかることがわかっている。

あとは、寝る前にACアダプタをPCを接続して充電してやる。ACアダプタと壁のコンセントの間には、タイムスイッチをつないでおく。LEDが3個消えていたら、一時間半より心持ち短く充電時間をセットしておけばいい。眠っている間に所定の時間がやってきたらタイムスイッチが電気の流れを切ってくれる。

実は、このタイムスイッチというやつはなかなか重宝なツールで、たとえば常夏の職場で回している小型扇風機に取り付けておけば、退社時に扇風機を止め忘れても勝手に電気が切れて止まってくれるとか、布団の中で本を読んだまま眠り込んでしまっても枕もとの電灯を消してくれるとか、いろいろと活躍してくれるのである。電気の消し忘れなんてつまらないことに意識や集中力を使う場面が減るし、点けっぱなしの家電品による危ない場面も減るだろう。

新生活のスタートに一個、いかが?


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やっぱりダイヤブロックは好きだ

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家人が息子に買って来た「ダイアブロック・ジュニア」の「きほんのバケツL」で、『紅の豚』のポルコのサヴォイ(赤)とカーティス(青)を作った。緑色は高射砲、じゃなくて、息子が好きなクレーンのつもり。

何も教えないのに、どうしたわけか機械類が好きなのは、男の子だからだろうか。

何十年ぶりかで触ったブロックは、やっぱりイイ。これからは息子にかこつけて時々いじることにしよう。

子どもの頃には、実はレゴが欲しかったンだけど、買ってもらえなかったっけ。やっぱりダイヤブロックだった。

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サクラとアフリカの太鼓

昨日金曜日の朝はひどく暑くて、明け方には何も着ないまま布団の上で眠っていた。南西から暖気が吹き込み気温が上がったせいだが、北と西から寒冷前線に挟撃された東京の空は、晴れたり暗く曇ったりと忙しい空模様だった。

アメダスの風向と気温とをチェックしてみると、出勤までなんとか天気がもちそうな気配だったので呑気に構えていたら、見事に電車の運転見合わせにぶつかってしまった。地下鉄であっても風に弱い路線があることを忘れていた。

自分の出勤よりもかなり前に、家人は出勤途中に2歳の息子を保育園に連れて行く。いつもどおり、着替えをしていたとき、裸んぼのまま息子はカーテンを持ち上げて窓の外を見上げご機嫌で云った。

「ほら。おはな、いっぱいだよ」

そしてそばにあったアフリカの太鼓を、ぽん、と一つ叩いたのだった。

たったそれだけなのに、なんだかおかしくて、ほっとする瞬間だった。隣のお屋敷には、おそらく樹高が十メートルは超えているであろう立派な桜の木が立っている。そして満開。白いぼんぼりのような、淡い紅がかった雪のようにほわほわの花の塊が、折からの南西の風に揺れていた。

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