« 2009年11月 | トップページ | 2010年1月 »

2009年12月

twitterで電車の運転再開時刻を予想する

きょうは夕方の東京メトロ有楽町線辰巳駅の発煙事故に見事にぶつかってしまった。有楽町線は全線で停止、復旧のめどは立たず、運転再開までの時間もわからない。でもって、自分がいるのは護国寺駅。

さて、どうする。

大きな地図で見る

護国寺駅は他に乗り換えの路線がないので、考えうるオプションは次の五つ。

(A) 茗荷谷駅・大塚駅まで歩いて丸の内線に乗る(1.2km、1.4km)
(B) 鬼子母神駅まで歩いて副都心線に乗る(1.4km)
(C) バスに乗って池袋東口までゆく
(D) タクシーをつかまえる
(E) 電車の中で運転再開を待つ

結果として、30分ほどの立ち往生の後、池袋~有楽町駅間での折り返しで運転再開となったので、そのまま池袋までたどり着けた。大塚駅、茗荷谷駅、鬼子母神駅までそれぞれ徒歩20分圏内ではあったが、知らない暗い道を無事にたどり着けたかどうかは自信がない。

で、風呂に浸かりながら考えていたのだが、運転再開時刻を情報通信技術で予測できないもんかな、と。

過去の列車事故・故障データベースのようなものがあって、日時、路線、地点、天候、事故・故障の内容……なんて膨大なデータから、現在の運休が何時頃に運転再開となるかを予測するエキスパートシステムだ。これまでのデータに加えて、現在の状況もリアルタイムで入力してやれば、かなりの精度なんじゃないか、とか。 twitterとつないで、現況情報をみんなの tweetから収集する。

ん~、でも何だかカネばかりかけてイマイチな結果しか出そうにないなぁ、仕分けされちゃいそうだなぁ、と、これは私自身のゴーストの囁き。

もうひとつ考えついた方法は、物凄く簡単。事故・故障案件ごとに新しい投票システムが開いて、みんなで「あと○○分で運転再開」を投票する。直感でかまわないから。で、自動的に平均値とか中央値とかで運転再開時刻をはじき出すという仕組みにするわけだ。こっちはカネがかからないけれども、一種の集合知(ほんとか?)で結構いい線いくんじゃないか、とこれもゴーストの囁き。クラウド勘ピューティングだ(群集のほうね。いやそれとも、雲をつかむような話か)。

twitterに適当なハッシュタグつけて、「#metro #yuraku 予想であと20分」なんてツイートしたやつを自動で集計するといいのかな、と思った。

ところで、この件で面白いページを発見。こういう研究、もっと進んで“民生品”として活用されたらいいのに、と思う。

▽ ダイヤ乱れ時に運転再開を待つ旅客数の予測手法
http://www.rtri.or.jp/rd/openpublic/rd48/kotsu/midare.html
(財団法人 鉄道総合技術研究所)

| | トラックバック (0)

FireFox 3.5.6で別窓からドロップしたタブを閉じると他タブが閉じなくなる

まだ他の環境での検証をしてないけど、FireFoxを 3.5.6にあげた途端に発現。バグか?( Windows XP SP3にて)

以前、「FireFox 3.5で、別窓からドロップしたタブが消えずに残ってしまう」で書いた現象が解消されているかを確かめてみようとしたら、今度はドロップしたタブを閉じた途端に、他タブを閉じることができなくなった。キーボードショートカットでもマウスクリックでも同じ。

タブの切り替えはできるのだが、タブを閉じることができなくなる。ウィンドウ自体を閉じることは可能だが、複数ページをタブ切り替えで参照しつつ何かをするとかという稀なシーンでぶつかる可能性はある。……つーか、もう早速ぶつかってんだけど。

閉じたはずのドロップしたタブは、タブ切り替えの [Ctrl]+[Tab] で表示されてしまう。つまりタブだけ消えて、ウィンドウ自体は残っているわけだ。

【追記】(12/24)
他のPCでも起きることを確認。

| | トラックバック (0)

寒い朝。

寒い朝。
裏の畑に一面の霜。この光景、東京では久しぶりに見た気がする。

| | トラックバック (0)

夏ゆきの列車が発車します

きのう12月22日は冬至であった。2歳半の息子に、「一年で一番夜が長い日だよ」と云ってもきょとんとするばかり。当たり前だ。一日の長さが父親より18倍も長いんだから、夜が長いとか短いとか関係ない。とにかく毎日毎日、一日が広大なんだろう。その広大な時間で目一杯遊んでいる。

不思議なもので、中学生頃からあとは冬になれば夏を思い、夏には冬を待ち焦がれていた。一種の贅沢だったのかもしれない。ないものねだりの一種。それがいつの頃からか、季節がなんであろうとどうでもよくなっていた。夏は夏だし冬は冬。それぞれに蒸し暑い中を通勤しなきゃいけないとか、寒い中を通勤しなきゃならないとか、そんな目の前のことしか思わなくなっていた。

半年かけて昼は時間を短くし続け、とうとう夜が最も長い日を迎えた。一転、再び半年かけて今度は夜を短くしてゆく。半年かけて進んできた列車はひとまず冬至に到着した。こんどは夏至に向かって出発する。そうやって螺旋を描きながら進んでゆくわけだが、少し前に同行者になった息子はどこまでゆくのだろうか。

父は途中で引込み線に止まって錆び朽ち果てるのだろうけど、そのあとも夏行きの列車、冬行きの列車を乗り継ぎながら、この子はどこまでゆくのかな。乗り継いでずっと先にまで行くであろう息子に、自分は何を手渡せるのだろうか、なんて考えるようになった。

邪魔をしないのが関の山かもしれないけど。

| | トラックバック (0)

自治体関係者はスマートフォンを買いましょう

年末恒例の「今年の重大ニュース」とか「来年はこうなる特集」なんてのが書店に並ぶ週刊誌やらなんやらの表紙を飾っているので、私も自分なりに考えてみる。

やはり自分の普段の仕事の領分に関心があって、iPhoneで火がついたスマートフォン周りの賑やかさ、Amazonの Kindleから本格普及が回り始めたように感じる電子ペーパー・電子ブック周りが、来年の自分の仕事に大きく影響してくるんだろうな、と思う。

いまのところ最も関心を寄せているのが、Googleの Nexus Oneで、Google自身が公式ブログでほのめかしているようにオープンな戦略がスマートフォン市場を席巻するんじゃないだろうか、と思いたいのだ。個人的に iPhoneとか iPod Touchがカッコよすぎていけ好かないというバイアスもあるんだけど。

デバイスという塊ではそんなところなんだが、デバイスの構成要素を眺めると、ここにもいろいろとタネになりそうなものがそろってきている。

まず、iPhone に見られるマルチタッチ技術。Appleのマジックマウスもそうだし、Windows 7にも搭載なんだって? まだ身の回りで Win7搭載マシンが存在しないので何とも云えないのだが、これまで点ひとつのポインタでの0.5次元的な操作( 0次元の点を1次元的に動かす )だったのが、いきなり2次元的操作へと進化した。これによってタッチスクリーンでの入力の可能性が格段に高まったことは云うまでもないが、たぶんこの技術で重要なのは、モバイル環境での入力をより便利なものにしたということだろう。( ああ、加速度センサーで3次元的入力も可能だね )

これは、情報通信デバイスを携帯し屋外での使用を加速する。

モバイル環境での入力を向上させるものには、他にフリック入力Google日本語入力を挙げたい。フリック入力のほうは、もう見ての通りで、片手での文字入力で威力を発揮しそうだ。ケータイのキー入力よりずっとラクに素早く文章を作ることができそう。

いっぽう、Google日本語入力は、文字入力後の漢字変換効率を向上させてくれる。いずれも、外歩きシーンでの使用を強力にサポートしてくれるだろう。

モバイルの通信環境では、3Gは当然として WiMAXやらイーモバイルの PocketWiFi、そして我がウィルコムの WILLCOM COREやらがそろってきていて、手元のデバイスとネットをつなぐラインも太くなってきている。こうやってモバイル環境にこれまであったいくつものボトルネックが一斉に解消されつつある。

こんなふうに誰もがインターネットにつながったまま外歩きできるようなると、外歩きを中心とした市場がいろいろと賑やかになってくるんだろう。実際、デバイス側も GPSデータをツイートしたりしてリアル世界とネット世界という、これまで二分されていたふたつのレイヤーが、ほとんどリアルタイムに同期し始めている。

これまでケータイであれこれやっていたことなんて吹き飛んでしまうくらいの大変化が起きるんじゃないだろうか。たぶんそれは、日本国内だけでなく、世界と接続された状態が前提となった市場になるんだと思う。

エンドユーザ側の変化とか動きはこんな具合に推測しちゃうわけだが、いっぽうで、ネットPCとかUMPCが、この動きを後押しする。ネットのサービスなどの開発者は、場所や時間を選ばずに、これらの軽量なPCでネットに入り込んで作業をおこなうことが可能になるだろうし、よりクリエイティブな開発者・社ほどそのような働き方になるだろう。自宅や地域での開発が促進される。仕事のスタイルが変わってくる。

これらの動きから導き出されるのは、“地元”(=ローカル)な場所での仕事と消費、つまり経済活動だ。ローカルな情報、ローカルな場所がマネタイズの舞台になる。GPSとネットでゆるやかに、そして常時つながった人々が、ゆっくりと地元を散策する経済圏、なんてものを夢想してしまうわけだ。

おそらく企業体は、この変化についてゆくのだろうし、ついてゆかないとやってゆけなくなる。

ここで心配になってくるのは、地方自治体などの行政がこの動きについてゆけるのだろうか、ということだ。これまでは机の前に座ってマウスをカチカチやって情報を探していた人たちが、スマートフォンを手にして探しながら歩くようになる。概念的だったイチゴ摘みが靴音とともにリアル世界でおこなわれるようになる。この人たちの食欲に、行政関係者は応えられるのかどうか。

この辺に、2010年の青い海が埋まっているような気がするのだ。

| | トラックバック (0)

正月のお節をスクラッチで作ったのは今は昔

子どもが小さいので、飛行機に乗って里帰りなんてのがまだまだ難しい。新型インフルエンザもまだまだ怖いし。だって、1時間も高度1万メートルの密室に閉じ込められるんだよ? 前後の座席の人が新型インフルでごほごほ咳してるとか、いやじゃん。

ということで、今回の年末年始も家族そろっての飛行機に乗っての里帰りは無し、首都圏に住んでいるおじいちゃん・おばあちゃんのほうだけに、元日に挨拶にゆくつもり。

で、基本としては正月を自宅で過ごすことになるわけだ( つまり、親元にたかることができない )。

「あ、お節の注文って、そろそろ終わりだよね」と気づいたのは、息子が乗ったベビーカーを押して歩いている昨日の日没後のことだった。「でも、お節って、意味なくなってるよね」

昔は店なんかが年末年始に閉まってしまって、その間の食料を確保するために一種の保存食としてお節料理が必要だったんだと思うけど、最近は冷蔵庫があるし、コンビニがあるし、元日2日には店が開いていたりするしで、お節料理の本来的な意味合いが薄れてしまっているのだろう。

思い返せば( 年寄り臭いね )自分が子供の頃は、年末の休みに入った共働きの両親が大騒動しながらお節料理をイチから作っていた。紙に包まれた重箱が吊り戸棚の奥から、屠蘇器と一緒に取り出され、台所の窓はコンロの熱と鍋からの湯気でびっしりと曇っていて、お煮しめの味がどうのとか、黒豆にシワが寄ったのとか、師走恒例の緊張状態が毎年繰り返されていた。

それがいつの間にか、黒豆とか数の子や栗きんとんがタッパウェアのまま食卓に出るようになり、お煮しめはアルマイトの鍋から器に直接盛り付けられるようになり、やがてはお節料理自体が大晦日に横浜高島屋まで受け取りに行くものにかわってしまっていた。

「この子は、お節料理を自宅で作る光景なんて、きっと見ないんだよねぇ」「そだねぇ」

それが果たして良いことなのか悪いことなのかわからないけど、そうやって徐々に歴史というものが積み重なるんだなぁ、と、「おつきさま!」と空を指差す息子といっしょに四夜の月を眺めながら帰ってきた。

| | トラックバック (0)

歌うスタバの女の子

貧乏なので喫茶店とかには滅多に行かない。加えて、子どもが生まれてからは外食をしなくなった。平日の会社での昼ご飯は弁当を買ってきて自席で食べながら仕事をしている。

しかしながら、きょうは仕事で恵比寿に行ったので、本当に久しぶりにスタバに入った。何年ぶりだろう。

先日のJRの事故のこともあり、早めに行ってガーデンプレイスタワー1階のスターバックスでパソコンを叩きながら待ち合わせまでの時間を過ごしていた。客席には iPod Touchだか iPhoneだかをいじっている人とか、ニンテンドーDSをつんつんしている人とかいるし、自分のPCの無線LANモニタにはずらっと電波のリストが表示されているしで、へぇ~、やっぱ恵比寿とかは違うんだねぇ、なんて感心していた( どこの田舎もん?)。

ガーデンプレイスのスタバは公衆無線LANが使えるらしい。それでツンツンできてしまうわけね。便利な世の中になったもんだ。

で、きょう気になったのは実はそんなことではなく、スタバの店員の女の子が客の注文を復唱するのが、まるで歌をうたっているように聞こえたことなのだ。「コーリング」というらしい。たとえば「トール・ソイ・キャラメルマキアート~♪」のようなやつ。レジで注文を受けた女の子が唱えると、バリスタの女の子が3人(だったかな?)声をそろえて復唱する。なんだか楽しかった。

私のような意地悪な客だと、難しい組み合わせをあらかじめ考えていって注文する、なんてことをやるんだろうけど、でも、たぶん彼女たちにとっては想定の範囲内なんだろう( 練習してるんだろうね )。だから意地悪しない。

| | トラックバック (0)

残りの人生で何人と面接できるか

ある人のツイートで、ヘンな計算を始めてしまった。毎日10人の人の話を1時間ずつうかがったとしたら、いったい何人のお話に耳を傾けられるんだろうか。

計算のための条件は次のとおり。

・ひとりのお話をうかがうのは1時間とする( 根拠はない。カウンセリングが1時間だった )。
・毎日の実働は10時間とする。たぶん席の入れ替えとか休憩を含めると12時間になるだろう。
・週休二日で祝祭日は考えないで年間260営業日。自分が休まないことには、きちんとお話をうかがえない。
・自分の残りの人生を費やすとしたら、平均寿命を80歳として残り35年。

残り35年の営業日数は9100日。毎日10人だから、死ぬ直前まで体が動くとして9万1千人! どんなに頑張っても、10万人の話をうかがうことはできない。9万人といっても延べ人数で、重複する人もいるだろうから、実際はもっと少なくなる。

先日、東京から長野県松本市まで往復したのを思い出す。中央本線の沿線には「こんなところに住んでいる人がいるのかぁ」と思われるような、普段の自分からすればまさに“辺鄙”としか表現できないような場所に、人の暮らしが見られたりした( 人口カバー率99%に含まれないところなんだろう )。ああ、この人たちの話を聞いたら、きっと面白いだろうなぁ、とか思ったのだが、おそらく10万人以上はいらっしゃる( フェルミ推定 )。

つまり、一生かけても、私はたった一本の鉄路の沿線の人たちすべての話を聞くことはできない( 特急で片道3時間という距離ではあるけどね )。

まぁ、当たり前といえば当たり前なわけで、「なに莫迦いってんの」的なんだと思うけど、こうやって数字を出してみると全世界68億人の幸せとか何とか、そんなもんは気が遠くなるほどに遠くに思われてくるのだ。どんなに情報通信技術が発達して、人工知能(AI)の助けを期待できるとか、クラウドソーシングであれこれできるとしたって、私という一個人が相対(あいたい)できる人様の思考なんて、たかが知れている。

だからたぶん、目の前にいる人にはきちんと耳を傾け、きちんと考えなければならないんだろう。目の前に現れた人たちは、おそらく“奇跡”というやつなんだろう( twitterも含めて )。

いや、ただそれだけのことです。

| | トラックバック (0)

2010年は“政治”方面に青い海が見える

大阪市会議員の辻義隆氏のツイートをたまたま目にしてピピッと来たのでクリップ。

20091219sa_222245

@ytsuji2001: 民主党のおかげで、政党というカテゴリー分けが無意味になる時代が近づいたかもしれない。政治家個人の力量をメディアに頼らずに発信できるすべを身につけたら、イデオロギーも政策も人を束ねる力を失っていくのではないかと、つくづく思う。そういう時代がきたとき、民主主義はどう変化するのだろうか

「政党」「カテゴリー」「メディア」「イデオロギー」「政策」は、いずれも何らかの合意のための土台=プラットフォームとして、これまでは機能してきた。がネットのおかげで――たぶん大半は twitterのおかげで、私たちの選べる合意の前提となる選択肢が爆発的に増えてしまった。

媒体と表現手法、そしてそれらを組み合わせたときの数、可能なプロモーションのスタイルなどを掛け合わせていくと、“政治”を取り巻く領域に豊饒な経済圏が新しく出現しそうな気がする( その分、ニッチ化が進むけど )。

共通理解とか共通認識を得るためのプラットフォームは、従来型では時間や空間のようなさまざまな制約を受けていたわけだが、ネットのおかげでそんな条件が吹っ飛ばされてしまった。なので、従来型のプラットフォームを利用する必要性も消えてしまったわけだ。

2010年は、そんな変化についてゆけるものと、ふりおとされてしまうものとが峻別される年になるのかもしれない。

イデオロギーも政策も、言葉や仕組みは残ると思うが、その内容は今とはとんでもなく違ったものになってゆくのだろうと思う。そのとき「民主主義」というプラットフォーム自体が意味を失って、(良いか悪いかは別にして )別のものに座を譲っているのかもしれない( 本来の意味自体はとっくになくなっているのかもしれないけど )。

| | トラックバック (0)

松本にて

松本にて
ビルの間から山が見えるのが不思議。駅周辺は東京とあまり変わらない。

ちょっと空と道が広いかな。風は門前仲町に似て、せいせいしている。

| | トラックバック (0)

「いまメールしました」って電話、やめてくんない?

社外の取引先だったら、少しは理解しないでもないけど、同じ建物の中の社内電話で「いまメールしましたけどぉ……」てのは、ヤメてもらいたいと思う。

そんな“急ぎの状態”になってしまうこと自体が、おそらくは仕事の段取りとかがうまくできていない証拠になってしまうんだろうと思う。

「いまメールしましたけど」とか「FAXしましたけど」なんて電話、査定で引くことにしようかな。ま、その前に社内のルール化かな。午前中は電話禁止、とか。

| | トラックバック (0)

日本に要るのは理科じゃなくて歴史

「ものづくり」や「理科教育」や「科学振興」が大事だ、という話は、特にバブルが弾けてからよく聞くようになったような気がする。たぶん、高度経済成長期の「ものづくり」とは別の「ものづくり」なんだと思うけど、その辺の議論がないまま「大事だ、大事だ」と聞こえてきているように感じる。

それとも、何処かの密室で「次ノものづくりトハ」なんて議論されて結論が出ているんだろうか。

自分自身がどちらかというと「理系の人」でやってきて( こういう見方じたい莫迦らしいんだけど )、文学や政治・経済よりは、理科とか科学とかに親しみを感じている。でも、最近の「理科教育の大事さ」ってのは、ちょっと違うような気がするのだ。踏みはずし感がある。

「諸学の王」は、国・地域や時代によって哲学、政治学、法学だなんだと様々に云われてきているが、自分としては、たぶん「歴史」なんだと思う。40も半ばになってようやくわかってきたような気がする。

もしかしたら最近云われる「歴史ブーム」とか「歴女」なんてのは、「諸学の王としての歴史」という意識が現象化したものかもしれない、なんて考えたりする。

まず、日常生活を生きる、そこが私たちという存在の基本。この際、人生の目的なんて茫漠なことは放っておいて( どうせわかりゃしないんだから )、とにかく生きて、息して、飯食って、仕事して、出すもの出して、風呂はいって、寝る、という一連の営みがあるわけだ( ほかにはアレとかコレもある )。それは厳然とした事実で、“真実”とか“解釈”とか“認識の違い”なんてのが入り込む余地のない部分。

そんな日常生活が積み重なったりつながり合ったりこんがらがったりしたのを、しばらく経ってから肩越しに振り返りつつ眺めてみると「ああ、歴史なんだね」と気がつく。そこに人類の記憶と論理を眺め渡すことができる( 全部じゃないけど、全然見えないわけでもない )。

もちろん、見る人によって眼鏡の色が違うから、解釈だとか「歴史認識」だとか「勝者の歴史」なんてもんが出てくるわけだが、とにかく記憶と論理のこんがらがり具合が、言語的に整理されてそこにあるというのが大事で、たぶんそれが歴史の本質なんだろう。解釈の違いなんて表層の問題だ。

我々がどこからやってきて、いまどんな具合で、どこに向かうのか( 向かいたいのか )を考えるとき、歴史が軸足を置く土台になる。

軸足を置く土台というのは、つまりは共通認識の土台、プラットフォームだということ。たとえ見解の相違があったとしても、それぞれの「信じている歴史」をぶつけることで見解の相違が見えてくるわけだ。たぶん、そうやって話が始まる。

最近でこそ「○○のための10の法則」とか「××のチカラ」の類のハック系の本が日本語でも普通に見られるようになったが、欧米のサイトや本のタイトルを眺めていると、ほんとにこの手のドキュメントが多い。そんなことまでイチイチ記述するか、論文にするか、え? というようなのが。

でも、それが記憶と論理を積み重ねてゆくための基本動作なんだよな。そうやって、不完全かもしれないけど、とにかく歴史として積み重ねることで、広義のコミュニケーション( 戦争を含む )を始められる。歴史が認識のプラットフォームだと考えると、ネットでプラットフォームを作っちゃったヤツがイケイケになっているのと重なって見えてくるね。( たとえ200年そこそこしかなくても )歴史をキチっとやっているところは、とにかく強気になれるのかもしれない。

なんて考えてくると、メールの普及からブログへ、リアルタイムコミュニケーションへという流れは、そんな認識のプラットフォームを地球規模で作ろうとする活動なんだろう。人類の歴史に関する革命的な変化が進行中といえるんだろう。

で、いっぽう自分が飯食ってるニッポンなんだけど、そんな話が全然聞こえてこない。単に私が気づいていないだけならいいんだけど、ほんとにそんな話が脇に押しやられてしまっているんだとしたら、けっこうヤバイんじゃないの? と思った。

日本で「歴史教育」なんていうと、先の大戦がどうのとか( 応仁の乱じゃないよ )、隣国との認識のズレがどうとか、なんだかそんなことばかりになっちゃって、もう本格的につまんない学問に見えてきてしまうんだけど、実はもっと本質的なことがあるんじゃないか、と思うわけです。

といって、書店に走って「坂の上の雲」を買おう、すわっ! なんて脊髄反射することでもなくて、おそらくは「むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんがいました」辺りからじっくりとスタートして、一生かけて、ああでもない、こうでもない、と矯めつ眇めつ考え続けるものなんだろう、と思う。だとすると、いまの小学生以上の人間にはたぶんムリなんだろう、ね。

なんて、息子に買ってやる絵本を Amazonで探しながら考えていた。

<Google検索>
日本における数学教育

日本における理科教育

日本における科学教育

日本における歴史教育


<Google Insights>
ウェブ検索の人気度: 歴史教育, 科学教育, 数学教育, 国語教育, 英語教育
※ 日本国内限定にした時、「科学教育」と「英語教育」の都道府県分布が、少々特殊に見えるのは気のせい?


◇ ◇

全然関係ないけど、Google Chromeで Gmailを開き、日本語入力やっていても未変換文字が消えてしまう、なんてことがなくなった。たぶん改善されたんだと思う。Gmailチームに感謝。

◇ ◇

もひとつ関係ないけど、久しぶりにコメントとトラバを開いた。全エントリで。要承認だけど、何かあったらよろしくお願いします。たぶん歳とって莫迦らしいスパムのコメントやトラバを目にしても「ま、いっか」と思えるようになったんだと思う。

そんなアホなコード書いているくらいなら、宮城谷昌光でも読めや。

| | トラックバック (0)

実店舗がネット通販の足を引っ張る?

ユニクロのネット通販も西友のネット通販も、まぁ、普段使いで便利さを享受しているわけだが、両社に共通する気に食わないところがひとつある。

在庫だ。

自分自身の個人的財務指標は可処分時間だと思っているとか、そんな小難しいこといわなくても、とにかく時間が一番大事だと思っている。子育てに時間を食われてしまうので、まず重要でないものが削られていくところは、不景気だとかデフレだとかに似ている。テレビを見ないし、新聞社で働いているくせに新聞を読まなくなる。ニュースは必要なものが勝手に自分に流れてくると思っているから、そんな“情報過疎”であってもかまわない。必要なニュースをもたらしてくれるような大それた人脈は持っていないが、Googleの各種ツールがその辺を補完してくれている。

ということで、ロクに買物にゆく時間がないので、子どもが生まれてからは一層ネット通販をよく使うようになった。

品揃えのよさと到着までのスピード、そして使い勝手の良さで、自分にとっては Amazonが最も身近なネット通販だが、価格と使い勝手で衣料品はユニクロを、価格と近所に店舗があるという理由( 理由にもならん理由だな )で日用品や飲料は西友をよく使う。

で、この2店舗の欠点だと思っている在庫の貧弱さなわけだが、どちらも実店舗があるくせに在庫管理は別個にやっているらしいことがわかってきた。ユニクロで買った衣料品で微妙にサイズが合わないとか、色が違っているなんて理由で返品したいときに、通勤途中の店舗で返品とか交換ができたらいいのだが、在庫管理が異なるので不可能らしい。

だったら、通勤途中の実店舗で買えばいいようなもんだが、返品と購入ではかかる手間や時間が違うのだ。

いっぽう西友では、一か月分の洗濯洗剤をまとめ買いしようとすると、「在庫がないので注文の数量を減らした」なんてことをされてしまう。あの~、近隣に西友の店舗が数箇所あって、だいたいいつ行ってもその洗剤はあるようなんですがぁ……。洗剤や飲料などの水モノは重たいので通販が便利なんだが、数量を減らされてしまっては購入理由であるメリットがないというもんだ。実店舗間で融通して、在庫をなんとかしてくれないもんだろうか( なんとかしてくれついででは、西友のネット通販はUIが悪い )。

洗剤なんてのはいつも決まったブランドで購入するのだが、西友では在庫が不安定で困ってしまうことが多いように思う。

まだまだネット通販には改善の余地があるようなんだが、もしかして、実店舗との管理システムの分離が足を引っ張ってるんじゃないだろうか。その点、Amazonはネット1店舗ということもあって、システムが一つなので話が簡単で早くていい。最近じゃ生鮮食料品も扱い始めたそうだし、宅配生協のようなタイムラグもないので便利に思われてくる。

買う側から見れば、同じ名前のブランドを冠しているんだから、実店舗だろうとネット店舗だろうと同じに見えるんだけど。

| | トラックバック (0)

Google LabsのLiving Storiesでニュースが日用品となる、か

思いついたところをメモ

・Living Storiesというニュースプラットフォーム
・伝える器の粒がそろえられる
・つまりパッケージとして流通させやすくなる=記事のばら売り化を促進
・伝える内容で目立たせる戦略がクローズアップ
・つまり差異化が必要になる=報道機関のコアが問われる
・Google Newsは速報型=速報という安売り競争
・Living Storiesは解説型(アーカイブ型)
・規格がそろうと販路が広がる。パイ拡大の可能性?
・が同時に、特色(コア、エッジ)が立っていないと埋もれてしまう
・たぶん報道ブランドの展開も並行させる必要性がある
・いや、でかいパイを狙わないなら、そんな必要ないけど

・ネーミングがいまいち、か

【追記】
表現などを修正(12/9)

| | トラックバック (0)

ACアダプターの規格をそろえるとノートPCがもっと売れる、かも

きのうは朝から夕方まで会議やミーティングばかりで、使っているノートPC“XPS M1210”(DELL製)につけたサードパーティの9セルバッテリがカラになった。カラになったところで業務終了。

最初からついている6セルバッテリでは3時間弱の稼働時間だったが、適切なバッテリ運用というものを知らなかったので、すっかりへたらせてしまった。なので、いまはロワジャパンで購入した大容量バッテリを使っている。パソコン本体から2センチほど出っ張っているが、まぁ、気にしない。おかげで5~6時間は使えるようになった。

ノートPCのバッテリは100%充電しちゃいけないとか、電源をつなぎっぱなしにしているのもよくない、なんて知らなかったよ。いまはその辺を気にして使っているので、しばらくは大丈夫だろうと思う。

で、ウィルコムの「どこでもWi-Fi」を手に入れたことだし、きょうは「会議の日」に設定していたので、ノートPCと「どこでもWi-Fi」をデイパックに入れて恵比寿から茅場町方面をあちこち動いて会議に出たりしていた。基本的にACアダプターは持ち歩かない。だって、重いんだもん。

特に、DELLのACアダプターはでかくて、きっと作った人間は持ち歩きなんて想定していない。アメリカ人にしてみれば「車で移動するからいいじゃん?」てことなのかもしれないけど( この辺はちょっと昔のAppleもそうだったな。アメリカンな設計思想が製品ににじみ出していた )。

だが、会議のハシゴなんてやっていると、やっぱり大容量バッテリでも持たないことがわかったわけで、やはりACアダプターを持ち歩くしかないのかなぁ、どうなんかなぁ、と考えていたとき思った。

全社共通規格のACアダプターにすればいいじゃん。

ケータイがUSBから給電できるような感覚で、同じ規格のACアダプター、せめてプラグ形状と極性と電圧なんてのをそろえてくれれば、取り敢えず急な充電はどこででもできる――というのが実現可能なんじゃないか? 昔と違って、あちこちでノートPCを使っているわけで、だから各社のPC独自の仕様でACアダプターを設計する必要もメリットもないんじゃないか、と。

「すんません。バッテリがなくなったんで…」「わたしの電源でよければ、どうぞ」

ウルトラモバイルPC(UMPC)なんてのも電源周りの規格については特許とか意匠を越えて各社で共通に作れるようにするだけで、ノートPCの「電源」とか「給電」という一大“プラットフォーム”を作り出せるんじゃないだろうか。とすれば、みんなもっと手軽にノートPCを持ち歩けるようになるんじゃないか。

そうすれば、ノートPCがもっと売れて、もっと安くなって……、とイイことずくめなんじゃないか、なんて思った。

でも、こんなことを書きながら気づいたのは、ノートPCとかケータイで使える小型の燃料電池で規格をそろえればいいんだよな、ということ。これまでの乾電池と同じ感覚で小型燃料電池が普及すれば、ACアダプターの規格をそろえずとも、電池を駅のキオスクで買うことができるだろうから“電源問題”は解決する、ね。

【参考追記:2011/02/03】
スマートフォン向け共通充電器の標準が公開 - ITmedia News
ようやく来たか、というか、ノートPCじゃなくてスマフォだった。もうノートPCなんて誰も使わないよ、という業界の本音というかあきらめなのかな。

| | トラックバック (0)

デロンギのオイルヒータにトップハンガー(物干し)を取り付けた

デロンギのオイルヒーターに取り付ける物干しを買った。「トップハンガー」というやつで、オイルヒーターの上部に開いている穴にはめ込んで使う。こういうやつ(写真:クリックすると拡大)。

トップハンガーを取り付けたところ

ことしのはじめにメインの暖房器具としてデロンギのオイルヒーターを買ったのだが、なかなか快適に使っている。ふだんはナショナル(いまはパナソニック)の床暖と合わせて使っているが、床暖をつけなくても 14畳相当の広さでも十分に暖まる。

24時間のタイマーがついているので、朝、目醒める前に点けるようにしたら布団から出るのが楽になった。それに、夕方、仕事から帰ってくる前に点けるようにしたら、帰宅してすぐに上着を脱いで家事ができるようになった。単に暖かいだけじゃなくて、時間の節約にも貢献している。

で、家人が「上につける物干しがほしい」というので、さっそく Amazonで購入。我が家ではデロンギのドラゴン3というタイプを使っているが、これは「X字型フィン」というやつで比較的新しいスタイルらしい。放熱板が9枚ついているが、7枚タイプもあるようなので、購入のときには確認が必要かもしれない。

さっそく取り付けてみたが、悪くない。いまのところ、もっぱら子どもが朝着替えるときに、下着を温めるのに活躍しているが、そのうち冬の雨に濡れた手袋を乾かすなんて場面でも活躍するだろう。

2歳半の息子は、ホカホカに温まった下着を身につけて「お風呂みたい~」と喜んでいる。

取説1

作りはいたって簡単。取り付け具はプラスティック製で、そこに金属の棒を差し込んで使う(説明書の写真を参照)。だから、この物干しを握ってデロンギ本体を移動するとか持ち上げるなんてことはできないし、小さな子どもから見るとちょうど良い握り棒になるので、ぶら下がったり引っ張ってひっくり返したりしないように気をつける必要がある。ご注意を。

ま、使わないときには抜いておけばいいんだけどね。

寝る前に厚手で大きめの乾いたタオルをかけて温めておけば、布団の中で湯たんぽ代わりになるね。

取説2

DeLonghi オイル・ラジエーターヒーター用トップハンガー(新X字型フィン用) 天板無し TD-7FD

| | トラックバック (0)

Googleサジェストが日本語IMEを生み出した、かな

Googleが日本語IMEを出したみたい。IDEA*IDEAで「ネット上でよく使われる単語を候補として出してくれるんだって」と紹介されていて気づいた。はてブであれこれコメントが出ている。Googleサジェストの機能を使えばオチャノコなんだろうなぁ。

注目のIME機能はさておき、おそらく基礎技術となったGoogleサジェストの便利な使い方に先日気づいた。

ウェブブラウザとIMEの相性が悪くなって、IMEでの日本語入力ができないときでも、検索窓にローマ字でキーワードを入力してやれば、ちゃんと日本語が出てくれるから困らない、というやつ。それだけなんだけど、ちょっと感動した。

たとえば「図書館」というキーワードをローマ字入力すると、「tosh」で「図書館」が見えている。

ケータイ用IMEの出現も間近かも、ね。

Google日本語入力、気に入った! - IDEA*IDEA ~ 百式管理人のライフハックブログ

同 MS-IMEで登録した単語をGoogle日本語入力に引き継ぐ方法

| | トラックバック (0)

<メモ>CPANでAESのRijndaelをさくらインターネットにセットするカナメ

忘れないうちにメモ。
さくらインターネットの共用サーバで、cpanで Crypt::Rijndael モジュールを入れようとしたたら、

!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
ERROR: Can't create '/usr/local/lib/perl5/5.8.9/man/man3'
Do not have write permissions on '/usr/local/lib/perl5/5.8.9/man/man3'
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

なんてで出ちゃうので、なんだろうと調べてみたら、
cpanシェルの o conf または ~/.cpan/CPAN/MyConfig.pm で

makepl_arg [PREFIX=/home/username/perl LIB=/home/username/perl/lib \
INSTALLMAN1DIR=/home/username/perl/man/man1 \
INSTALLMAN3DIR=/home/username/perl/man/man3]

がポイントだったことが判明。
それからシェルの rcファイルで環境変数をセットするか、実行する Perlスクリプトの先頭で、

use lib '/home/username/perl/lib/perl5';
use lib '/home/username/perl/lib/perl5/site_perl';

とやっておく。

以上、業務メモ。やれやれ。

【追記:2010年1月8日】

・cygwin環境から sshしての cpanシェルの o conf だときちんと書き込まれず尻切れトンボになったので、MyConfig.pm を直接書き換えたほうが確実かもしれません。

・「PREFIX=/home/username/perl LIB=……」の「username」はご自分のユーザ名に変更してください。わかっていると思うけど( 自分で書いておきながら見事に間違った 彡 )。

・インストールされているモジュールのリストを得るには
find `perl -e 'print "@INC"'` -name '*.pm' -print
(【参考】 PerlのCPANインストール済モジュールの確認)

・あ~、ことしも商用コーディングの日々が始まる。そろそろ引退させてくんないかなぁ。

//追記おわり//

| | トラックバック (0)

« 2009年11月 | トップページ | 2010年1月 »